中小企業に求められる IT 活用
政府は働き方改革を重要な政策の一つにあげて、多様な働き方ができる社会を目指しています。その背景には、長時間労働の解消、非正規と正社員の格差是正、労働人口不足という重要課題があります。
2019年4月1日には働き方改革関連法が施行され、国内の企業全てを対象に「年5日の有給休暇の取得」が義務づけられました。これまでは大企業だけが対象となっていた残業時間の上限規制(月45時間・年360時間まで)も2020年4月から中小企業にも適用されましたが、人手不足が多い状況でこれらの残業規制や有休取得の義務を果たしていくことは簡単なことではありません。
そうした動きの中で、中小企業は業務の効率化や柔軟な働き方ができる環境を整備するなどの対応を迫られています。その解決策として IT の活用が欠かせない状況になっているのです。
しかし、中小機構の調査によると、IT をまだ導入していない企業のうち、IT 活用によって業務の効率化や生産性の向上が実現すると思うかという問いに、約半数の企業が「思う」と回答しています。また、活用に向けた課題として7割近くの企業が「コストの負担が大きい」ことを挙げています。このことから、IT の導入が必要だと認識はしながらも、資金の面で導入をためらっている企業が多いことがわかります。
確かに中小企業にとって IT の導入にかかるコスト負担は決して軽くはありません。そうした資金面でサポートを受けられる制度として注目を集めているのが「IT導入補助金」です。
IT 導入補助金とは?
2017年に国が開始したもので、経済産業省が提供する補助金の一つです。中小企業がソフトウェアの導入やクラウドの活用といった IT ツールを導入する際にかかる経費の一部を、返済不要で支給してもらえる制度です。
IT導入補助金は、生産性の向上に役立つITツールであることが前提ですが、ITツールが担う「業務プロセス」(ソフトウェアの機能により生産性が向上するプロセス)の数と賃上げ目標は必須か加点項目かなどで類型が変わります。
2021年度の類型は通常枠のAとB、特別枠のC-1、C-2、Dの予定で、それぞれ補助上限や補助対象が異なります。公募期間のなかで交付を受けられるのは、これらの類型のうちのどれか1つのみです。ただし、不採択となった場合に、次回の締め切りに向けて再申請することはできます。
A類型 | B類型 | C-1類型 | C-2類型 | D類型 | |
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補助金申請額 | 30万~150万未満 | 150万~450万以下 | 30万~300万未満 | 300万~450万以下 | 30万~150万以下 |
補助率 | 1/2以内 | 1/2以内 | 2/3以内 | 2/3以内 | 2/3以内 |
業務プロセス数 | 1以上 | 4以上 | 2以上 | 2以上 | 2以上 |
知っておくべきポイント
「 IT 導入支援事業者」がツールの説明から補助金申請まで手厚くサポートしてくれる
導入を考える中小企業の中には、
「導入しても IT ツールを使いこなせるのか」
「 IT 導入補助金の申請がスムーズにできるのか」
といった不安を抱える企業は少なくありません。
そのような企業や事業主には「 IT 導入支援事業者」が力になってくれます。
実はこの補助金は、IT ツールなら何でも補助の対象となるわけではありません。運営事務局に登録している「 IT 導入支援事業者」とパートナーシップを結び、そこからツールを購入しないと補助が受けられない仕組みになっています。
申請する際には、使いたい IT ツールを販売している IT 導入支援事業者を探さなくてはなりませんが、この IT 導入支援事業者はただ仲介をするだけではありません。IT ツールの紹介と補助金申請についての指導をセットで行ってくれます。
例えば、補助金の申請前に、 IT ツールの使い方の相談に乗ったり、申請に必要な事業計画作りを手伝ったりしてくれます。採択された後も実績報告などのアフターサポートをするなど、IT ツール導入の成果が出るよう支援してくれるので、IT に詳しい人材が社内にいない中小企業にとっては、安心できて有益な仕組みです。
補助額が増額され、より高価な IT ツール、ソフトウェアやサービスなどの導入が可能に
2017年に始まったこの補助金ですが、2019年度にはもらえる補助額の下限・上限が2倍以上になり、規模の大きい IT システムでも導入しやすくなりました。
初年度の予算は100億円でしたが、できるだけ多くの企業に IT ツールを導入してもらうため、翌年の2018年度には予算が500億円に拡大され、その代わりに1件あたりの補助額が抑えられました。その結果、補助件数は予定していた13万件を大きく下回り、約6万件に留まりました。
この定員割れの結果を受けて、2019年度は方針が変更されました。IT 導入補助金への予算は100億円に戻されましたが、1件あたりの補助額が大幅に拡大されました。それにより、より高価な IT ツールを使ったり、複数のソフトウェアやサービスを組み合わせて導入できるようになりました。
補助額の推移
2017年度 | 2018年度 | 2019年度 | |
---|---|---|---|
予算 | 100億円 | 500億円 | 100億円 |
補助予定件数 | - | 130,000件 | 6,000件 |
補助件数 | 14,287件 | 62,938件 | 7,386件 |
補助額 | 20万円~100万円 | 15万円~50万円 | 40万円~450万円 |
補助率 | 2/3 | 1/2 | 1/2 |
また、補助となる対象はソフトウェアだけでなく、ソフトウェアを機能拡張する「オプション」はもちろん、導入のためのコンサルティング費用や研修費用などの「役務」も含まれています。補助額が上がった分、こうしたサポート面も手厚くなり、さらなる導入効果が期待できるようになりました。
コロナ禍で特別枠「低感染リスク型ビジネス枠」を新設
2020年度は、新型コロナウイルス感染症の流⾏が続く中、ウィズコロナ・アフターコロナの状況に対応したビジネスモデルへの転換を後押しするため、非対面化ツールに活用できる特別枠「低感染リスク型ビジネス枠」が新設されました。
通常枠よりも補助内容が優遇されており、事務局に登録されたITツールに加え、導入するITツールを利用するうえで必要不可欠なハードウェア(パソコンやスマートフォン、ディスプレイ、プリンター等)のレンタル費用も補助対象となるのが大きなポイントです。
また、これまでは公募前に購入したITツールは補助金の対象になりませんでしたが、この特別枠では審査等一定の条件があるものの、認められることがあります。
補助対象となる IT ツールは?
補助対象となるのはあらかじめ IT 導入支援事業者が事務局に登録し、認定を受けたもののみです。ジャンルは、ソフトウェア、クラウド利用にかかる費用、導入に関連する経費など。ソフトウェアの機能拡張などの「オプション」や、ソフトウェア導入のコンサルティング費用などの「役務」も含まれます。
なお、次の IT ツールは補助対象にはなりません。
- パソコンやタブレットなどのハードウェア(※)
- スクラッチ開発
- ソフトウェアの大幅なカスタマイズ
- 広告宣伝費
- VR、AR、デジタルサイネージ用のコンテンツ制作やコンテンツ配信管理ツール
- リース料金
- 公租公課
※ただし、特別枠ではハードウェアのレンタル料であれば対象
スクラッチ開発とは、ソフトウェアやコンピュータシステムをゼロの状態から作り出す開発手法のことです。「スクラッチ」には「最初から」という意味があり、既存のプログラムやパッケージソフトを利用するのではなく、完全オーダーメイドで独自にシステム作り上げることからそのように呼ばれます。
VRは、virtual realityの略で仮想現実と訳されます。ヘッドセットを装着することで360度パノラマ映像による仮想空間を体験できる技術です。非現実だけでなく、ユーザーが実体験することの難しい現実を疑似体験するためにも活用されます。
ARは、augmented realityの略で拡張現実と訳されます。現実空間上に仮想の視覚情報を重ねて映し出すことで、現実世界を拡張する技術です。モニターや透過型のゴーグル上に映し出される情報は目前に広がる現実と重なり、その一部となって体感できます。
現実の世界と遮断された仮想空間を映し出すVRに対して、ARは実在の風景の上に情報を補足することにより、ユーザーに現実に対する深い洞察を与えたり、実作業に役立つ付加情報を現実に紐づけて提供したりすることができます。
日本語では「電子看板」「電子広告」などと呼ばれ、紙に代わる新しい情報伝達媒体として利用されています。画像や動画などデジタルコンテンツとディスプレイを組み合わせて、紙のポスターやお知らせを置き換えて使われることが多いです。
国や地方公共団体に納める負担の総称です。一般的には「公租」が「税」で所得税や住民税などを指し、「公課」は「料」で健康保険料や社会保険料を指します。土地建物では、固定資産税、都市計画税、不動産取得税のことをいいます。
IT ツールの導入でどのくらい効果がある?
どのような IT ツールを活用すればどのくらい生産性を向上できるのでしょうか。経済産業省が公開している実際の導入例からみてみましょう。
業 種 | 導入した ITツール | 導入前 | 導入後 | 効 果 |
---|---|---|---|---|
カーディーラー | 人事管理と給与計算ができるツール | Excelで管理しており、データ入力や修正に時間がかかっていた。 | タイムカードによる勤怠管理を給与計算システムに連動させることで入力や集計を自動化。 | 締日の作業が約10時間短縮された。 |
介護施設 | ビジネス用のチャットツールとタブレット、介護業務管理ソフト、勤怠管理ソフト | 勤務時間帯が異なるスタッフが全員集まって情報共有することは難しく、スタッフ間のコミュニケーションの円滑化が課題だった。また、介護記録や帳票請求が手書きで効率が悪かった。 | コミュニケーションが取りやすくなり、業務管理・勤怠管理のデジタル化により管理者の業務負担が減った。 | 年間400時間の業務時間削減を達成。 |
宿泊施設 | 複数の予約サイトの情報を一元管理できるツール | 2つの予約サイトと自社ホームページで予約を取っていたが、情報更新のたびに半日以上時間を取られていた。 | 複数の予約サイトの情報に対する更新作業が1~2時間程度で済むように。 | 時間に余裕ができた分、宿泊客により丁寧な対応が可能になった。 |
工務店 | 2次元の設計ソフトから操作性が良い3次元CADに切り替え | 建築物の完成イメージや間取り・図面などの資料作りに多くの時間を取られていた。 | 資料作成の時間を短縮できるだけでなく、3Dで外観・内観の完成イメージを顧客に伝えることで設計の理解度・顧客の満足度が向上。 | 提案から建築決定までの意思決定が早くなり、売上増加、粗利改善に結びついた。 |
この他にも、運送業でタクシーを効率的に配車できる車両管理システムを導入して、従業員の勤務時間を短縮したケースや、飲食業で原価管理・業務管理システムを利用して、原価率を可視化して仕入れ価格を削減したケースなど、あらゆる業界の企業が ITツールを導入して成果を上げています。
特に勤怠管理や顧客管理は、業種にかかわらず IT ツールを導入することで業務効率のアップに結びついている例が多いようです。こうした活用事例を参考にすると、自分の会社の課題解決につながるヒントが見つかるかもしれません。
「IT 導入補助金」対象の IT ツールは?
対象となる IT ツールにはどんなものがあるのでしょうか。数ある中から代表的なものをご紹介します。
IT ツール | 特徴 | IT 支援事業者 | プロセス |
---|---|---|---|
会計freee | クラウド会計ソフトの草分け的存在。スマートフォンアプリの操作性が良く、初心者でも扱いやすい。オンラインバンキング口座の明細自動取得やAIを使った帳簿作成や入出金管理を自動化・効率化できる。帳票のデジタル保存も可能。 | フリー株式会社など | 資金サイクル支援 会計・財務・資産・経営管理 |
弥生会計ネットワーク | 中小企業向け会計ソフトの老舗「弥生」による、クラウド上で複数人が同時に処理できる会計管理システム。画面共有や電話でのサポートが手厚い。 | 株式会社マウンティンなど | 資金サイクル支援 会計・財務・資産・経営管理 |
Money Forwardクラウド | 株式会社マネーフォワードが提供するバックオフィス業務のクラウドサービスシリーズで、会計・確定申告、経費、勤怠、給与などをカバーする。使いたいツールだけを導入して連携でき、様々な経理・労務業務をクラウド上で一括して行うことができるのが魅力。 | 株式会社マネーフォワードなど | 資金サイクル支援 会計・財務・資産・経営管理 総務・人事・給与・労務管理 |
KING OF TIME | 多機能なクラウド勤怠管理システム。紙のタイムカードやExcelで行う従来の勤怠管理方法からもスムーズに移行できる。勤怠を自動集計し、給与システムへの連携も可能。 | リコージャパン株式会社 株式会社NTTドコモ 株式会社マウンティンなど | 総務・人事・給与・労務管理 |
WinActor | NTTの研究所で生まれた国産のRPAツール。Windows PCにおける様々な操作を記録・シナリオ化することで、繰り返しの入力作業を自動化でき、時間短縮やミスの軽減につながる。Excelやブラウザなどあらゆるアプリケーションに対応可能。 | 株式会社NTTドコモ 株式会社日立システムズ | 自動化・分析 |
G Suite | Googleが提供するクラウドベースのグループウェア。GmailやGoogleカレンダー、Googleドライブなど、個人でも利用できるGoogleのツールにビジネス向け機能を追加し、組織の基盤として活用できる。 | リコージャパン株式会社 株式会社ブルーオーキッドコンサルティングなど | 汎用 |
サイボウズOffice | 企業や組織内の情報共有・コミュニケーションを支援するクラウド型のグループウェア。スケジュール共有や会議室の予約、掲示板、ファイル共有といった機能を備えている。 | リコージャパン株式会社 株式会社日立システムズなど | 汎用 |
また、IT 導入支援事業者の中でもIT ツールの選択が簡単にできると話題になったのがアマゾンジャパン合同会社です。アマゾンのサイト内に IT 導入補助金用の特設ページが設けられていて、対象ソフトウェアが450種類以上用意されています。
また、特別枠の補助対象となるITツールには、自動検温や非対面式の受付など、業務の非接触化に役立つサービスや、相談窓口の人材確保の難しさに加え、新型コロナウイルス対応で業務の見直しも迫られているカスタマーサポートの分野でも自動化が進んでいることから、こうしたサービスに対応できるITツールも新たに対象となっています。
「IT 導入補助金」で失敗しないためには
IT 導入補助金は IT を活用して業績をアップさせたい中小企業にとってはメリットが大きいですが、注意するべきこともあります。
後払いであること
補助金がもらえるのは事業の完了後になります。IT ツールの導入にかかる費用は全額調達しておく必要があります。半額を補助してもらえるとはいえ、一定の資金を用意しなくてはいけないことを留意する必要があります。
全てのITツールが対象ではないこと
導入したい IT ツールであっても、IT 導入支援事業者が事務局に登録して認定を受けたものでなければ補助対象とならないので注意が必要です。ソフトウェアやクラウドサービスが補助対象となっているかどうかをチェックすることが大事です。
返還が求められることも
2020年度の IT 導入補助金では、賃上げ未達の場合返還が求められます。これまでの IT 補助金では、計画の履行はあまり求めてこられませんでしたが、厳しくなっているようです。
A類型で賃上げを申請した場合や、B類型に申し込む場合は、申請時点で賃上げ計画を従業員に表明する必要があります。つまり採択されるか否が判明する前に、賃上げを従業員に対して表明する必要があるのです。これを行わなかった場合、補助金の返還が求められます。
また、3年間の計画終了時、「給与支給総額の年率平均1.5%以上増加目標」や、「最低賃金の増加目標」が達成できなかった場合も、補助額の一部返還が求められます。
補助金は活用するべき?
中小企業こそITツールが必要
働き方改革が推進される動きの中で、人材確保の難しい中小企業こそ、業務の効率化をはかり生産性を向上させることが重要です。そのためにも、ITツールを導入することは非常に有効な手段で、しかも、 IT 導入補助金を使えば、資金面の負担を軽減しながら IT ツールを導入することができます。
IT導入支援事業者のサポートで確実に成果につながる
ITを導入する際にも、IT導入支援事業者のサポートを受けることで申請から導入までスムーズに行うことができます。審査のためとは言え、事業計画を立てることで具体的にどの業務を効率化させるのかなど、成長戦略を明確することができるため、結果として、より確実に、より大きな成果につながることが期待されます。
中小企業にとって、企業の創業段階や目的に合わせて様々なサポートが用意されている補助金や助成金の制度を上手く利用してIT導入を実現することで、より優位に事業を展開していくチャンスになります。
関連サイト
IT導入補助金について
「サービス等生産性向上IT導入支援事業費補助金」は、独立行政法人中小企業基盤整備機構より採択され、当機構および経済産業省監督のもと一般社団法人サービスデザイン推進協議会が事務局業務を運用しています。